「資材が上がっているのに、見積りに転嫁しようとすると発注者に断られる。どう説明すればいいのか分からない。」——そんな悩みを持つ建設業経営者に知ってほしいのが、建設工事費デフレーターという国土交通省の公式統計データです。感覚値ではなく、政府が公表した数字で「何%上がったか」を示すことができれば、発注者との交渉は根本から変わります。この記事では、そのデータの使い方と、交渉現場で実際に使える根拠資料の作り方を、初めての方でもわかるように手順付きで解説します。
第1章:なぜ「口頭での値上げ説明」は発注者に伝わらないのか
「鉄筋が上がりました」「木材が高騰しています」——こうした口頭説明が発注者に届かない理由は、相手に「どうせ業者は値上げしたいだけだろう」という先入観があるからです。特定の資材が値上がりしているのは発注者も知っていますが、「業者都合で上乗せしている部分がないか」と疑う心理は消えません。
この状況を打開するのが客観的な第三者データです。感情的な訴えではなく、国土交通省が公表している政府統計を根拠に示すことで、発注者の「疑心」を取り除く効果があります。
「感覚論」と「データ提示」、説得力の差
以下の2つの説明文を比べてください。
【感覚論の説明】「最近、鉄骨の材料が相当上がっていまして、このままでは赤字になってしまいます。ぜひ10%の値上げをご検討ください」
【データ提示の説明】「国土交通省が公表する建設工事費デフレーター(2020年度基準)によると、鉄骨造の工事費指数は、契約時の○○年度の○○.○から、○○年度は○○.○に上がっています(約○%増)。この資料をご覧ください(一枚紙を提示)」
後者のほうが、発注者は「これは政府のデータなのか」と受け止めます。自社の主張を超えた、第三者機関による証明になるからです。
デフレーターが交渉で使える理由は3つあります。
- 国土交通省発表の公式データ:政府統計なので、発注者も「でたらめだ」とは言えない
- 工事種別ごとに指数がある:鉄骨造・RC造・木造・土木など、自分の工事に合ったデータを使える
- 無料・毎年更新:e-Stat(政府統計の総合窓口)で誰でも入手でき、最新データが使える
第2章:デフレーターとは何か——3分でわかる基礎知識
デフレーター(deflator)とは、物価変動を補正するための指数です。「現在の工事費が、基準となる年度(いまの公表は2020年度)と比べて何%変わったか」を数値化したもので、インフレ・デフレの影響を除いて工事コストの実態を把握するために使われます。
たとえば鉄骨造(非住宅)の2025年度(暫定)の指数は「121.8」です。「2020年度に100だった工事費が、今は121.8になっている=21.8%上昇している」と読みます。
2019〜2025年度のデフレーター推移(工事種別)
以下は国土交通省が公表している建設工事費デフレーター(2020年度=100)の年度別推移です(2026年6月30日付け・2023〜2025年度は暫定値)。数値が高いほど、2020年度からコストが上昇していることを示します。
| 年度 | 建設総合 | 木造住宅 | 鉄骨造(非住宅) | 鉄筋コンクリート造(非住宅) | 土木総合 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2019年度 | 100.0 | 100.1 | 99.9 | 100.0 | 100.1 |
| 2020年度(基準) | 100.0 | 100.0 | 100.0 | 100.0 | 100.0 |
| 2021年度 | 105.0 | 110.3 | 103.5 | 104.4 | 103.7 |
| 2022年度 | 111.3 | 116.7 | 109.8 | 110.5 | 109.4 |
| 2023年度(暫定) | 113.7 | 114.8 | 113.4 | 113.2 | 112.6 |
| 2024年度(暫定) | 118.7 | 118.8 | 118.8 | 118.2 | 118.0 |
| 2025年度(暫定) | 121.9 | 122.3 | 121.8 | 121.4 | 121.0 |
📊 詳細データはこちら:建設工事費デフレーター(e-Stat 政府統計総合窓口)
2021年度に急騰しているのは、ウッドショック(木材の世界的高騰)と鉄鋼・銅価格の上昇が重なった影響です。2022年度はさらに円安・エネルギー高騰が加速し、鉄骨造(非住宅)は109.8に。2025年度(暫定)は121.8で、上昇が続いています。
デフレーターの詳しい読み方については、建設工事費は高止まり|国交省「建設工事費デフレーター」で見る原価圧迫の実態もあわせてご覧ください。
第3章:根拠資料の作り方——3つのSTEP
デフレーターを使って「発注者に見せられる根拠資料」を作るまでの手順を、3STEPで解説します。パソコンの基本操作ができれば、事務担当者でも対応できます。
STEP 1:e-Statから最新データをダウンロードする
まず、政府統計ポータル「e-Stat」から最新のデフレーターデータを取得します。
- ブラウザで e-Stat 建設工事費デフレーター検索ページ を開く
- 検索結果の「建設工事費デフレーター」をクリック
- 「時系列」または「年度別」のデータセットを選ぶ
- 「EXCEL」ボタンをクリックしてダウンロード
- ファイルを開き、自社の工事の種類の列(木造住宅・鉄骨造・土木総合など)を確認する
⚠ 迷いやすいポイント:年度別のExcelファイルは1枚の表に、建築(木造・鉄骨造・鉄筋コンクリート造など、住宅と非住宅に分けて)と土木(道路・河川など)の列が横に並んでいます。自分の工事の種類に合う列を確認してください。
DBビューアで年度別のデータをオンラインで確認することもできます:建設工事費デフレーター 年度別データ(e-Stat DBビューア)
STEP 2:契約時点と現在の指数を比較する
ダウンロードしたExcelから「契約を締結した年度の指数」と「現在(最新)の指数」を取り出し、上昇率を計算します。
計算式:(現在の指数 ÷ 契約時点の指数)× 100 − 100 = 上昇率(%)
計算例(鉄骨造の場合):
| 項目 | 数値 | 備考 |
|---|---|---|
| 契約時点(2021年度) | 103.5 | Excelから取得 |
| 現在(2025年度・暫定) | 121.8 | Excelから取得 |
| 計算式 | (121.8 ÷ 103.5)× 100 − 100 | Excelに入力 |
| 上昇率 | 約17.7% | この数字を使う |
契約金額が5,000万円だった場合、17.7%の上昇は約884万円に相当します(鉄骨造(非住宅)の指数で計算した例・上昇率は四捨五入する前の17.68%で計算)。この「円換算の影響額」を根拠資料に入れることで、相手に金額のインパクトが伝わります。
STEP 3:「一枚紙の説明資料」を作る
計算結果をまとめた「一枚紙」が最も効果的な交渉ツールです。会議の場で渡せる資料を作りましょう。
資料に含める4つの要素:
- データ出典の明記:国土交通省・e-Stat・データ取得日
- 工事種別と指数比較の表:契約時と現在の数値を並べる
- 上昇率(%表示):計算した数字をそのまま記載
- 請求額への影響(円換算):上昇率×契約金額を記載
テンプレート文例(コピペして使用可):
本資料は国土交通省が公表する建設工事費デフレーター(2020年度基準)をもとに作成しました。契約締結時(○○年度:指数 ○○.○)から現在(○○年度:指数 ○○.○)にかけての指数変動は約○○%の上昇であり、当初契約金額○○万円に対する工事費増加の試算額は約○○万円となります。詳細データ出典:e-Stat 建設工事費デフレーター
⚠ 注意ポイント:資料の右上にデータ取得日(例:2025年3月時点)を必ず記載してください。「データが古い」という反論を防ぐことができます。
第4章:交渉シーン別 トークスクリプト例
根拠資料ができたら、あとは場面に合わせて使うだけです。3つのシーン別に、実際の会話例を紹介します。
ケース1:公共工事で発注者に価格改定を申し入れるとき
公共工事には「スライド条項」という仕組みがあります。これは工事請負契約書に定められた条項で、契約後に資材価格や賃金が大幅に変動した場合に請負代金の変更を申し入れられる制度です(全体スライド・単品スライド・インフレスライドの3種類があります)。
スライド条項の詳細は国土交通省の公式ページで確認できます:各種スライド条項(全体スライド、単品スライド、インフレスライド)について(国土交通省)
トークスクリプト例:
担当者
本日は工事費の改定についてご相談があり、お時間をいただきました。国土交通省 総合政策局 建設経済統計調査室が公表するデフレーターデータをもとに資料を作成しております。ご覧ください(一枚紙を提示)。
……これは政府のデータですか?
担当者
はい。鉄骨造(非住宅)の工事費指数は契約時(2021年度:103.5)から現在(2025年度・暫定:121.8)にかけて約17.7%上昇しています。国土交通省が公表している統計で、資料右上にデータ取得日を記載しています。スライド条項第○条に基づき、△△万円の調整をお願いしたいと存じます。
……条項の確認が必要ですが、数字の根拠は分かりました。後日、担当部署に諮ります。
スライド条項を活用した価格転嫁の実務については、資材高騰・倒産リスクと価格転嫁の実務対応で詳しく解説しています。
ケース2:民間工事で施主に値上げを理解してもらうとき
民間工事ではスライド条項は原則として適用されません。そのため「感情的な反発」が起きやすいシーンです。先に資料を渡し、相手が数字を見てから話し始めるのがコツです。
担当者
お手元の資料をご確認ください。これは国土交通省 総合政策局 建設経済統計調査室が公表しているデータです。(→ まず資料を渡す。相手が目を通す間、黙って待つ)
……18%近くも上がってるんですか、これ。本当に?
担当者
はい。弊社の見積りだけが高いわけではなく、業界全体でこの水準になっています。弊社独自の判断ではなく、政府統計の数字です。ご予算に合わせた工法の見直しについてもご提案できますので、ぜひご相談ください。
感情的な「値上げ拒否」に対しては、「弊社の判断ではなく、政府統計の数字です」という切り返しが有効です。相手の感情を否定せず、データで事実を示す姿勢を保ちましょう。
ケース3:元請から下請業者が単価アップを申し入れるとき
下請業者の立場から元請に単価アップを申し入れるのは、関係性への影響を心配して躊躇しがちです。しかし、黙って赤字を続ければいずれ廃業や撤退につながります。デフレーターのデータを使うことで、「感情的な交渉」ではなく「事実に基づく調整依頼」として伝えることができます。
担当者
○○様、ご多忙のところ恐縮ですが、資材単価の見直しについてご相談させてください。こちらが国交省 総合政策局 建設経済統計調査室のデータです(資料を渡す)。
担当者
……確かに上がってますね。鉄骨が121まで来てる。
担当者
はい。私どもでの吸収が難しくなってきており、特に鉄骨・鋼材の材料費が大きく影響しています。今期の単価表を○○%ほど調整いただくことはできますでしょうか。
担当者
分かりました。社内で検討しますので、正式な書面でご申請いただけますか。
資材高騰が続く現状については、建設資材高騰はいつまで続く?2026年の見通しと経営対策もあわせてご参照ください。
第5章:デフレーターだけでは足りない場合の補強方法
デフレーターは強力な根拠ですが、「全工事種の平均指数」に近い性質があります。発注者から「特定の資材だけが上がっているのでは」と反論された場合は、以下のデータを組み合わせると説得力が増します。
| 補強データ | 入手先 | 用途 |
|---|---|---|
| 建設資材物価(月次) | 一般財団法人 経済調査会「建設物価」 | 特定資材(鉄鋼・コンクリート等)の月次価格推移を示す |
| 公共工事設計労務単価 | 国土交通省(毎年3月改定) | 労務費の上昇幅を定量化する際に使用。職種別の単価一覧が公表されている |
| 建設工事施工統計調査 | 国土交通省 建設業関係統計一覧 | 業界全体の工事費水準・就労者数の推移を確認できる |
ナフサや石油化学系の資材が値上がりしている背景については、ナフサ不足が建設業を直撃する理由で詳しく解説しています。
まとめ:今日からできる3つのアクション
建設工事費デフレーターを交渉の武器にするポイントをまとめます。
- e-StatでデフレーターのExcelを1回ダウンロードしてみる:データを手元に置くだけで、次の交渉から使えます
- 自社の直近案件の指数上昇率を計算してみる:「○○%上がった」という数字が出れば、それが交渉の起点になります
- 一枚紙の説明資料テンプレートを用意しておく:次に発注者との話し合いがあるときに、すぐ持参できる状態にしておきましょう
「データを使った価格交渉」は、最初は手間に感じるかもしれません。しかし一度仕組みを作れば、次からは毎回15〜30分で根拠資料が完成します。口頭での感情的な交渉より、はるかに成功率が高まります。
よくある質問(FAQ)
スライド条項がない民間契約でもデフレーターは使えますか?
使えます。スライド条項は公共工事の請負契約書に定められた法的根拠ですが、デフレーターはあくまで「客観的な根拠データ」として民間交渉でも活用できます。ただし民間工事の場合、相手が合意しなければ法的強制力はありません。発注者との合意が難しいケースでは、行政書士や弁護士への相談をお勧めします。
発注者に「データが古い」と言われたときはどうすればよいですか?
デフレーターは国土交通省が定期的に更新しています(年度別の表の最新は2026年6月30日付け)。資料を作成する際、右上に「データ取得日:○○年○○月」と明記しておくことで「古いデータ」という反論を事前に防げます。また、直近の年度は暫定値のため、「暫定値を含む」と明記しておくとさらに丁寧です。最新データはe-StatのDBビューアでいつでも確認できます。
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