解体工事業の許可取得に注力する企業は多いものの、その後の労務管理体制の整備を後回しにしている経営者が少なくありません。しかし実務上、労務管理と就業規則の整備は、許可を守ることにもつながる大切な課題です。無許可の工事の摘発や、外国人労働者の雇用の問題から見えるのは、許可要件の形式的なクリアだけでなく、日常的な労務コンプライアンスの継続こそが企業存続を左右する現実です。本記事では、無許可工事から学べる教訓と、建設業における就業規則の実務的な作成・運用ポイントを解説します。
無許可の工事の摘発と、労務管理の関係
報道された摘発の例と、日ごろの点検
2025年11月には、沖縄県警が、屋根の点検をよそおって許可なく500万円以上のリフォーム工事を請け負った疑い(建設業法違反)で、豊見城市の会社の役員ら4人を逮捕しました(沖縄タイムス)。許可が要る大きさの工事を許可なく請け負うと、刑事事件になります。許可を持つ会社でも、次のような労務の書類の不備は、労働基準監督署の調査で指摘されやすい点です。
- 雇用契約書の未整備:労働者との雇用契約が口約束のみで、就業条件が明記されていない
- 給与明細の未発行:賃金台帳が作成されず、労働基準監督署の調査で不備が発覚
- 勤務時間の記録欠如:タイムカードやシステムによる出勤管理がなく、時間外労働が把握できない
なお、建設業許可の要件に「労務管理の体制」という項目はありません。ただし、労働基準法などの違反で罰金の刑を受けると、業務に関する法令違反として監督処分(指示・営業停止)の対象になりえます(建設業法第28条)。
許可と労務の関係で押さえる3つの点
許可と労務の関係で、日ごろ点検しておきたいのは次の3つです。
- 社会保険の加入:健康保険・厚生年金・雇用保険に入っていないと、許可も更新も受けられない(2020年10月から許可の要件)
- 労働基準監督署の調査:労働者名簿・賃金台帳・出勤簿(法定の3つの帳簿)がそろっているか
- 下請の現場:元請は、下請の労働者を含めて現場の安全衛生を管理する立場にある(労働安全衛生法の元方事業者の義務)
どれも書類と日ごろの運用で防げることです。点検を続けることが、結果として処分や取引の停止を避け、許可を守ることにつながります。
建設業における就業規則の実務作成ガイド

解体・足場工事業に求められる就業規則の最小限要素
就業規則とは、労働者の賃金・労働時間・休日・懲戒など、労働条件を統一的に定めた規則です。就業規則に必ず書く事項は、始業・終業の時刻、休憩、休日、休暇、賃金、退職に関する事項です(労働基準法第89条)。そのうえで、建設業(特に解体工事業・足場工事業)で書いておきたい項目の例を表にまとめました。
| 項目 | 建設業での実務的記載例 |
|---|---|
| 適用範囲 | 正社員・有期雇用労働者・日給月給制労働者を区別 |
| 就業時間 | 現場作業時間(7時~16時など)と移動時間の扱い |
| 賃金体系 | 日当制/月給制、現場手当、危険手当の支給基準 |
| 休日・休暇 | 天候中止時の賃金扱い、有給休暇の計画的付与 |
| 安全衛生 | 安全装備の着用義務、熱中症対策、健康診断 |
| 懲戒 | 無断欠勤、安全規則違反時の処分基準 |
| 退職 | 退職届の提出期間、解雇予告期間の明示 |
| 多言語対応 | 外国人労働者向けの日本語版・母国語版の作成 |
足場工事業の人件費対策としては、特に「現場手当の基準を明確化」することで、労働者の不満トラブルを減らすことができます。例えば、「危険度Aの高所作業時は日給の15%加算」と明記することで、給与計算の透明性と労働者のモチベーション向上につながります。
外国人労働者の雇用管理における就業規則の多言語化対応
建設業で働く外国人は増えています。技能実習生や特定技能の人を雇う会社では、就業規則や安全のルールを、本人が分かる言葉でも伝えておくと、誤解や事故を防げます。
具体的な対応方法としては:
- 最低限の翻訳項目:就業時間、給与支払日、休日、懲戒、退職手続きの5項目は必ず母国語で記載
- 現場掲示版の運用:安全衛生ルール(特に熱中症予防、墜落防止)を日本語+多言語で掲示
- 雇用契約書の確認サイン:労働者本人が就業規則の内容を理解したことを示す署名欄を設置
- 定期的な説明会:月1回の安全朝礼時に就業規則の重要項目を口頭説明
外国人労働者向けに、就業規則を短くまとめた「ハンドブック版」を作って配ると、内容が伝わりやすくなり、労務トラブルの予防につながります。
労務コンプライアンスと経営安定性の直結関係
足場工事業者の人件費高騰対策—就業規則による給与体系の最適化
破産した足場工事業者では、「人件費上昇に対応できない経営体質」が主な原因の一つになるケースがあります。売上が伸びないまま給与を上げると、売上に占める人件費の割合(人件費率)が上がります。給与を上げるときは、単価の見直しとセットで計画してください。
この危機を回避するための就業規則の活用法としては:
- 職能給制度の導入:経験年数や技能レベルに応じた給与テーブルを明示し、全員同じペースでの昇給を止める
- 成果主義の導入:現場での安全記録、工期短縮への貢献度を給与に反映させる基準を就業規則に明記
- 変動給の仕組み化:基本給を据え置き、現場手当や出来高給の比率を高める構造への転換
具体例として、基本給22万円+現場手当(現場種別に応じた日給制)という体系に変更することで、売上変動に応じた柔軟な人件費管理が可能になります。
建設業M&A時の労務デューデリジェンス—就業規則統一化の必要性
M&Aのあとに起きる労務のトラブルでは、買われた側の会社の就業規則が整っていなかったことが原因になる場合があります。
統一化すべき項目としては:
- 給与体系の統一:親会社と子会社の給与格差をどう調整するか、就業規則で明記
- 退職金制度の統一:被買収企業に退職金規程がない場合、新たに整備する時間と費用が必要
- 懲戒基準の統一:同じ違反行為に対する処分が企業間でばらつかないよう統一
- 有給休暇の管理方法統一:システム導入を含めた運用統一に3~6ヶ月要する場合あり
M&A後のスムーズな統合を実現するため、買収前に売却企業の就業規則をチェックすることは、後々の人員整理トラブルや労働訴訟のリスク軽減につながります。
就業規則作成・運用の実行ステップ
社会保険労務士(特定社労士)との連携による規程整備
就業規則の作成・改定には、多くの企業が社会保険労務士に相談しています。建設業専門の社労士を選定する際のポイントとしては:
- 建設業許可更新経験:建設業法改正に対応した就業規則改定実績
- 労災保険関連対応:現場作業での災害対応、給付金手続きの知識
- 外国人労働者対応実績:技能実習制度、特定技能等の多言語化対応経験
社労士に依頼する費用は、事務所や会社の人数で変わります。作成と毎年の見直しの費用を見積もってもらい、比べてから決めてください。
定期的な改定と従業員向け周知の運用体制
就業規則は一度作成したら終わりではなく、以下のスケジュールで定期的に改定が必要です。
- 毎年4月:給与改定、人事評価制度見直し時に就業規則も同時改定
- 法改正時:最低賃金引上げ、働き方改革関連法施行時に速やかに対応
- 現場状況の変化時:新工法導入、新しい安全ルール追加時に都度更新
従業員への周知方法としては:
- 新規雇用時の説明・署名:入社時に就業規則の概要を説明し、理解確認の署名を得る
- 改定時の周知:改定内容を事前告知し、施行日の2週間前に従業員に配布
- 掲示版への常時掲示:現場事務所の見やすい場所に就業規則を掲示し、いつでも確認可能な状態に
- デジタル化:スマートフォン対応の就業規則アプリ導入で、いつでもどこでも確認可能に
特に外国人労働者に対しては、母国語版の就業規則を本人に渡し、内容確認の署名を得ることが、後々のトラブル防止に有効です。
よくある質問
Q1. 解体工事業の許可がない場合、どのようなトラブルが発生しますか?
許可を持たずに500万円以上(建築一式工事は1,500万円以上)の工事を請け負うと、3年以下の拘禁刑(2025年6月より前は懲役)または300万円以下の罰金の対象になります(建設業法第47条)。法人にも罰金が科されます(第53条)。罰金以上の刑を受けると、刑の執行を終えてから5年間は許可を受けられません(第8条)。
Q2. 就業規則で必ず定めるべき労務管理項目は何ですか?
安全衛生規定、労働時間・休日体系、給与体系、懲戒規定、退職金規定が基本です。解体工事では特に現場安全教育、危険作業の資格要件、作業員の健康診断、下請業者管理ルールを明記することが重要です。
Q3. 無許可工事の労災事故で会社の責任は問われますか?
はい。労災保険は、人を1人でも雇えば加入の手続きが必要です。手続きをしていない間に事故が起きても、被災した労働者には給付が行われますが、会社は給付額の100%(行政の指導を受けても手続きをしなかった場合)または40%(重大な過失の場合)を費用として徴収されます。安全への配慮を欠いていれば、民事の損害賠償を求められることもあります。
Q4. 下請業者の無許可工事を防ぐためのチェック体制は?
契約前に許可証の原本確認と有効期限チェックを必須化します。月次で許可の有効性を確認し、労災保険加入状況も併せて管理します。協力金書類に許可番号記載欄を設け、現場責任者による毎日の確認報告制度を導入するのが効果的です。
Q5. 解体工事の許可申請と就業規則整備にはどのような関連性がありますか?
許可の申請で就業規則を出す決まりはなく、労務管理の体制は許可の要件にありません。ただし、社会保険(健康保険・厚生年金・雇用保険)への加入は2020年10月から許可の要件です。就業規則を整えておくことは、現場のもめごとを防ぎ、法令を守る土台になります。
まとめ

解体工事業における労務管理と就業規則の整備は、許可取得の形式的な要件以上に、企業の継続的な経営安定性に直結する最重要課題です。無許可の工事の摘発から学べるのは、許可を守るには日常的な労務コンプライアンスの継続が欠かせないということです。人件費の見直しやM&Aのときの確認でも、就業規則が整っているかが問われます。外国人労働者を雇う会社では、本人が分かる言葉での説明も大切です。建設業法改正への対応、現場での安全衛生管理の強化、変動する人件費への対策を総合的に実現するために、まずは自社の現在の就業規則を見直し、社会保険労務士に相談しながら整備を進めましょう。
出典:建設業法(e-Gov 法令検索)・国土交通省「建設業の許可とは」(確認日 2026-09-28)
この記事は一般的な情報をまとめたものです。法令や制度は変わることがあるため、最新の内容は公表元で確認し、個別の判断は窓口の役所や専門家(行政書士・社会保険労務士・税理士など)に相談してください。
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